35 はかなさ/照明器具「風」
死ぬこと、崩壊すること、変わりゆくことは、もはや一つの信念のように根強い美意識である。


■ 照明器具「風」
パリでの「ジャパン・デザイン」と称する展覧会に出品するためにデザインし制作した作品である。このアイデアはバッグとして計画していたのだが実現せず、光を入れるコンテナとして展覧会のために制作し、その後、製品化したものである。意識してはかなさを考えていた。日本の美意識である滅びゆく美しさを意識していた。結局、風と名付けたのだが、この照明器具と同時に土と称する南部鉄器による小箱を制作してこの風と土を出品したのである。土は農民の育てる力、風は育てることをしないで飛び交う自由を意識していた。土は風のはかなさの対極のイメージとして提出したつもりである。
□ ふたつの楕円による構成図

 生々流転。人も自然もその全ては生まれ育ち死滅していくという生命の輪廻を美として捉える意識が日本人には息づいている。季節の変化を受け入れて楽しみ、料理では素材の旬を大切にして、来る季節への期待や去りゆく季節への想いを詩にうたい、衣服や建築をはじめ生活の隅々にそれを映して暮らす日本人の美意識にはこの変わりゆくこと、滅びていくことの美しさをこよなく愛する感覚が強いのである。
 死は生の失敗ではなく生のもう一つの形である。生は始まりや終わりがあるのではなく連続的に死へのつながりと、新たな生命を生み出していくという宇宙の摂理を全身で受け止め、宇宙と一体感を持って生きてきた、と捉えているのが日本人の感覚なのである。
 絶対的なものへのあこがれを持つ西洋の文化では生まれない美意識である。石造や煉瓦造の建築に住み、自然を対立的に捉え、支配する対象と考えてきた西洋だから近代の技術開発を生み出すことにつながったのだが、そのことが自然を敵対視した文化を生むことになったのである。
 日本はおよそその逆とも言うべき文化を育ててきた。家は木造で堅固ではないし自然と流動的に融和している。屋外の庭さえ数寄屋では同じ屋内と考えている節がある。庭も数寄屋なのである。紙と土と木と竹でできた日本の家は、自分たちは、以前は自然と一つだったと信じている建築である。
 大都会だった江戸は何度となく大火に襲われるのだが決して木造建築を止めようとはしない。火事は江戸の華とばかりに楽しんでさえいる。
 人生は、そして生活は仮という感覚が日本人の心の深層に常にあったのである。死ぬこと、崩壊すること、変りゆくことはもはや一つの信念のように根強い美意識となっていたのである。
 絶対的な価値を求めず、心地よい感覚を愛した日本人。美人薄命を愛おしみ、散る桜を愛し、はかなさを美として受け止めていたこの感覚をフラジャイルといっている。近代主義や近代美の持つ絶対的価値観や永久な生命を希求する思想への反旗として、今、ここでフラジャイルという言葉が意味を持ってくる。単に日本の思想としてではなく世界の思想としての主張が潜んでいる。→top

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