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【hpgrp+7bridges/Layer+】音の流れに漂う時間と記憶
谷崎 ぶん


意識を浮かせたまま、聴こえてくる音に精神を漂わせると、そこはもう「銀座」であって、銀座ではなくなる。Hpgrpがビル6階を中心に、あの日すごい空気に包まれた。

荷物をひく台車の音、ハイヒールの音、信号の発信音、車道の流れ、カラスの鳴き声、飲食店の音、行き交う人々の声、それら計6ヶ所から集められた「銀座の音」が再現されたhpgrpでの7bridgesによるイベント。
畑中正人氏が今回、配慮したのは、採集した音に"切れ目"がないことだったという。水の音と同じで、街の音は途切れることがない。だから、6ヶ所の音をつなぎあわせ再現する作業は、街の音でありながら、自然界の水に対するのと似た意識での制作となった。しかしながら、畑中氏によれば、「自然の音が極度にない」場所でもあるのだという。風の音が一切入ってこない、その事実は音を意識して集めてみないと感じることができないのかもしれない。ただ、私たちの多くは、聴覚だけでなく視覚でも場所を感じることができる。そこで、同じ6ヶ所で撮影した、緑や空、人々の表情の映像とhpgrp6階のその瞬間の映像をオーバーラップさせ、音と記憶が混ざり合うように、過去と現在が入り交じる空間を演出した。

3月に行われたイベントでは、各フロアごとのテーマに沿って制作された音楽がフロアごとに体感できたが、6月3日はテーマやコンセプトをあえて固定せず、まとめすぎないことで、「音と音楽の境い目」を紡ぎだした。今回の畑中氏のイベントは、「ライヴ」。6階ではまさに、事前に集められた音がその場で複雑に重なり、それでいてシンプルなまでに気持ちよく"たゆたう”ような音の「流れ」となってその場に集う人たちの心と躰にしみ込んでいった。
「足のつかない水の真ん中のようだと感じる。不安感はあるのに、このまま浮いていよう。いらないことを考えるのはやめよう、そんな感じ」
そういう感想を訊いた。
確かにそうなのだ。
「これはどこ(銀座のどのあたり)の音だろう」
と思って、想像して聴き分けてみようとするけれど、どこのなんの音なのかがわからない。それが多少不安な気もするのだけれど、結局は、その音と音楽の狭間の「流れ」がとても気持ちのいいものだから、それでいいや、と素直に自分とその流れを受け入れることができる。
もしも、私たちに生まれる前の記憶が残っているのだとしたら、畑中氏の紡ぎだしたものは、羊水のなかで聴く音楽に近いのかもしれない。
本イベント予告の際、私は「音のなかに存在するリアルと、音から去来する私たち個人の抱くイメージとが共鳴しあうとき、さらなる「Layer+」が生まれるのかもしれない」と書いた。しかし、新たに生まれた「Layer+」とは、銀座の街と私たち自身のなかに存在し、共鳴し、互いに呼び覚まし合うことができる、遠い「記憶」ではなかったろうか。

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音楽はその場所とそこにいる人たちのためにある。
それは決して作曲家や演奏家の所有物ではない。
場所にはその場所特有の「音」がある。
そして「音」にもそれぞれの「場所」がある。
hpgrpで集約される音。hpgrpでしか生まれ得ない音。
1Fから6Fへ音の層が連なり、拡がる瞬間。
そして、そこで出会う人たち。
音楽はその場所とそこにいる人たちのものになる。
-By  畑中正人-
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