素材の気配

2008/02/05


柿谷さんという家具作家がいて、もう大分前に訪問したことがある。高岡の森の中に工房を持っていて、奥さんがパッチワークをやっていて二人で素晴らしい素朴な建物をつくって作品を展示していた。柿谷さんは作家というより心は職人なのだがそこが好きだし、なのに現代の生活感情にしっかりと馴染んでいるあたりが凄かった。谷間に降りると温泉があって入浴したのだがこの世とも思われない環境だったし心境になった。


その二人はもうこの世にいない。やはりこの世のものではなかったかな?と思わず思ってしまう。そこへ連れて行ってくれた金子さんももういない。夢のような記憶の断片になってこの辺りを浮遊している。もう一度、あそこへ行きたい。

柿谷さんの弟子だった職人さんについ最近会った。蕎麦職人になっていた。とは言ってもまだ家具はつくっているし、奥さんは陶芸家などの展覧会をその蕎麦やにつながったギャラリーでやっている。長谷川奈津さんという陶芸家の作品が展示してあって、普通の気持ちでふっとつくった作品が何でもなくてとてもよくてつい欲しくなってしまった。これでこれから毎日抹茶をいただくことにする。抹茶器ではないのだがだから抹茶をいただきたいなと思う。

蕎麦やの名前は蕎文という高岡の下島町にあって空間も蕎麦もなかなかいい。ここへ連れて行ってくれた友人は柿谷さん夫妻とも金子さんともその蕎麦屋さんの今井武文さんともずっと親しくしていた人で、なんだか死者達ともそこに一緒にいた感覚がある。

建築を設計したのは濱田修さん。家具は望月勤さんがデザインして今井さんが造っている。一つずつの素材と語り合っていて、柱や梁や扉や床や一つずつに心が込められている。デザイナーはどうしても「人」をみて思索し「人」に向けて創作する。だから経済も見えるし時代も見える。でも職人は「素材」をみて考える。素材とは木であり、土であり、木や土は地球であり、地球は宇宙であり、職人は素材をみて仕事をしているから宇宙が見える。その先に人や出来事が見えてくるのだろう。
この職人がいまとても気になっている。

僕だって建築家だったのだが、気付いたら色々やっている。東京のレオナルド・ダ・ヴィンチだと称してプロダクトデザインもインテリアも、工業建築もやっている。職人の今井武文さんは家をつくり家具を造り蕎麦まで造っている。

ものづくりは結局はそのものの存在の深層に迫ってそこから滲みだしてくる「気配」をつくることだと近頃思うようになった。だから物は仮の姿でそれは建築であろうと蕎麦であろうと陶器であろうと構わないのだ。

素材とそれがつくり出す気配をいただいて帰って来た。ぶっかけもよかったし鴨そばもよかったな。丁度、到着した時には雪が残っていて雪見窓から白い地面が見えていたのだが帰り際にはもう青空になってその雪も消えていた。

こうして宇宙の片隅に生きていて、多くの友人達を原子の世界に送り出して、その友人達の気配までも一緒に過ごすことが出来た。

ありがとう。