Kのニューヨーク・デビュー

2008/03/03
いよいよ、3月5日からニューヨークに乗り込む。株式会社Kがニューヨークを拠点に販売を始める。55コンテンポラリーというニューヨークの会社がKのディストリビューターとなってここから北米大陸全体へ手を伸ばしてくれる。
3月6日から9日までHOME DESIGN SHOWのNO.850 で展示し、その後、11日には55コンテンポラリーのショールームで展示し多くのニューヨーカーを迎えてレセプションが開催される。








昨年3月頃から準備に入って4月に株式会社Kを設立し、商品開発に集中して来た。9月にはメディアにKの思想を発表し、11月のデザイナーズ・ウィークのころにはギャラリー・ルベインや100%デザイン、東京ミッドタウンなどで、海外では香港の家具ショーで新作発表をし、アモイや上海でもレクチャーを通じてKの思想を発表して来た。

その間にはいろいろなチャンスが助けてくれた。2007年の春に始まった「金沢ごのみ」の商品開発は金沢市の主催による「金沢の伝統工芸を国際商品に再編集するプロジェクト」だったのだが、その成果が金沢市の支援を受けてKの商品として加わっている。KANAZAWAのブランドがそれである。ここでは多くの金沢の職人や作家が創作に参加している。

ヨーロッパの優れたジュエリーデザイナー十数人との出合いも今はKの商品の一角を構成している。O-Jewelというブランドがそれである。ネクストマルニでのSUKIという作品にちょっとだけ手を加えてSUKI+という商品も生まれた。これはマルニ木工がサポートしてくれている。もう10年を超える友人の父親である高岡銅器の職人のつくった釜の蓋と摘みが生かされてIRONYとう名の鉄瓶も生まれた。これは伝統的な釜の蓋と摘みに合わせて鉄瓶本体を山形の職人がつくってくれたのである。

高岡の金属鋳造技術を小テーブルとして生かした作品もある。METAPHというのだが、鋳造アルミの板に雌ネジを埋め込んでスチールバーの脚を捩じ込む組み立て式の小さい家具である。T-FRAMEとう組み立て式の棚はもう何年も前に試作して展示会を開いたことのあるアイディアなのだが、その後、倉俣史朗さん、喜多俊之さんを誘って三人のKが石岡瑛子さんのロゴタイプで商品づくりをしたことがある。企業の事情で中止になったのだが再び、見事に再生した作品である。

gomはゴムによるテーブルウェアーなのだが、初めてデザインしたのはほぼ40年前のことである。毎日デザイン賞やGマークやそのロングデザイン賞などをいただいたし、「インテリアデザイン」という雑誌では一冊全部で特集をしてくれたことさえある。それを改めて全デザインをまとめて販売しようとKの商品ブランドに加えている。黒い色が圧倒的に受けたあの時代と軽やかなものが喜ばれる現代とのギャップがあるのだがこのギャップが却ってKのデザインの多様な気配をもたらしてくれている。

40年程前に,時計展に出品した鉛のカオス的なクロックも今回、復刻されている。40年の年月を感じさせない新鮮な存在感を持った作品である。これは自分のオフィスで制作している。

多治見の陶磁器研究センターでの講演が切掛けになって生まれたのがPLPLという食器である。多治見の量産企業なのだがこういった挑戦的な作品に挑んでくれた。

僕の40年のデザインの歴史がKの商品にしっかりと詰まっている。自分でも不思議なのだがその40年が決して古びた昔のデザインになっていないのである。時代を感じる,それはデザインの重要な要素だろう。しかし,時代ではなく人に潜む美意識が時代を超えて息づいている。
昔の歌がいつまでも新鮮であるように40年経つデザインも新たな感動をくれるのだということを主張して行きたい。直ぐに新鮮さを失い消費されて行く家電の世界のデザインのあり方への異議申し立てでもある。

こうして、やっと3月初めに全カタログが完成する。これまでは仮カタログでのプレマーケティングだったのであり、3月から日本とアメリカでの同時発売となった。

「デザインの時代」は過ぎて、「ものづくりの時代」になった。少なくとも自分自身はそのように感じている。ものづくりの視点からその一部としてのデザインであることが今、実感として身体にある。Kが出来てから、販売にまで関わっている人々との出会いが増えた。デザイナーは製造の現場にだけ関わりがちなのだが、その先である「売る人たち」の話を聞きながら「ものづくり」は「初めに欲しがること」から始まっていること、売られることが引き金になっていることを思い知らされてもいる。ものづくりは「自分の構想」から始まっているように見えて,実はその自分に気付かせてくれた「欲しがる人々気持ちの力」がその背後にしっかりとあることに今更ながら気付きはじめている。

人は行動することで多くを学ぶものなのだと思う。