Kによって見えてきたこと

2008/06/18
いやはや、実に面白い。Kを始めてから興奮の連続である。デザインはこうしてプロダクションに関わることでその意味の深さがどんどん見えてくる。
初めはつくることからKが始まった。職人にはなれないからせめて「システムとしての職人」を目指したプロダクションの組織だった。そしていろいろな作品が生まれた。多くの職人やメーカーが協力してくれたから価格は決して値切ることなくいいなりに原価が決まっていった。
ショールームに作品が並びはじめるといよいよ本格的に生活者に作品を引き渡す仕事が始まった。作品は商品になったのである。いよいよ原価から上代を決め、卸値を決める。営業を始めると次々と難問にぶち当たる。職人のいいなりに決めてきた仕入れ値段からは上代はどうしても高くなる。これでは売れないから原価率を上げはじめる。卸値を調整して上代を小さくしようとする。こうして決まった上代を元に営業活動をはじめると次々と卸値を下げて欲しいという要望が小売店から要求される。勢いKの利益率は下がっていく。

Kは初めから生産した商品の70%を輸出すると決めていた。どんどん上がっていった原価率からディストリビューターへの卸値を決めるのだが目標の「海外上代を国内上代のせめて150%」が実現できないことが分かってくる。国内での価格設定だけからだった掛率の構造が海外への輸出をはじめると大きな壁にぶつかりはじめる。
あっという間に、海外上代は国内上代の200〜300%になったりする。これでは海外への輸出などはあり得ない。

海外への販売を70%にすることを目指していたから、大柄な商品は全部ノックダウン出来るようになっている。ハードウェアーの設計には自信がある。それなのに掛率の設計が出来ていないことに気付かされる。
輸送もマーケットのことも十分に考えてきたし、カタログもオンラインショップも英語もちゃんと書いてある。オンラインショップなどは中国語まである。商品のデザインや戦略には十分な配慮がされている。なのに、プライスの設計が出来ていなかったのである。

この作品=商品達が生まれ消費者のひとりひとりに手渡されるまでには沢山の人々が関わっている。その全ての人々が喜ぶことで初めてこのKのプロジェクトは成功する。ひとりでも苦しければ計画のすべては壊れてしまう。売り手に利益がなければ売る人がいなくなるだろうし、作り手が苦しめばもうつくってはくれない。これに関わる全員が喜ぶための多面的な設計を求められているのである。

「商品」は売買のシーンでの物の姿である。「作品」はつくるデザイナーのアトリエでの姿である。「道具」は市民がそれを用いるときの存在形式であり、「気配や環境」はそれが社会的な立場での意味である。
物は「作品」であり、「商品」であり、「道具」であり、「環境」でもある。Kを通じて物の多様な意味を身体で学んでいる。