「裏と表」

2008/06/27
突然だけど、ふっと思ったことがある。
それは「死の世界が初めにあり、そこに生が芽生え、再び初めの死の世界に戻る」のだということである。
日本人は日本を中心にして世界地図を見るように、人間は生を中心に生死を観ようとしているだけなのだと思う。
本当は宇宙のあの静寂の原子の世界が先にあってそこに突然に芽生えた生命が地球を覆っているだけなのだと・・・。
そう考えると命あるものの故郷は宇宙であり、我々生命体は生命の世界への旅行者なのだ。

この話を書きながらもう一つの世界の見え方を思い出した。随分前だがこんなことを書いたことがある。

地球上の一本の樹木は地中に根を張ってすっくと立っている。僕たち人間も地上に、空中に身を置いて空気を吸って生きている。
そんな僕たちから観ると樹木は大地に根ざして立っている。でも・・・地中に何億といる生命体にはどう見えているのだろう。彼らにとって地中こそが世界であり、空中は僕たちにとっての地面と同じに違いない。一度、樹木のイメージをひっくり返して観るといい。天地が逆になると「樹木は空中に枝葉を根ざして、根の広がりを地中にのばして生きている」ように見えてくる。
大地からも空中からもそれぞれに栄養をとりそれぞれで呼吸して樹木は生きている。

生と死の考え方と同じように逆に観ることで何か大切なことが分かってくる。

もう一つ、空腹と満腹を考えてみよう。空腹だから食欲が生まれ、飢えているから欲望が生まれる。人間はどちらが本来の姿だろう。丁度いいという状態は現実にはあり得ない。ほんの一瞬の状態でしかない。後は空腹を忘れているか満腹をほんの少し耐えているかである。

飢えた状態の方が本来の姿だろう。人間本来は飢えている。満たされない状態こそ人間の姿なのだろう。生命の突き上げるような挑戦的な力はここから来ている。性欲、食欲、自由への欲求・・・などなどの様々な欲求でいっぱいの人間の凄い力はこの飢えにある。満たされていないことこそ生命の力なのだ。

黒川雅之
2008.06.27.