署名入りのデザイン

2008/11/20

つい最近、匿名記事の凶暴性を語る記事を読んだ。匿名の形で原稿を書き責任を回避することへの疑問を訴えていた。特にインターネットでの匿名記事による暴力は善良な市民を誹謗して想像を絶する被害を与えたりする。子供達の世界では自殺に追いやることさえあるという。

『METAPH/MIRROR』

『METAPH/MIST』
デザインの世界には匿名的であることをよしとする風潮がある。デザインだって個人的な主張なのだから名前を伏すことが潔いとは僕は思わない。直接的にデザインで人を誹謗することはないのだが俗悪なデザインが視覚的な暴力になっていることも多い。それも誰も責任を問われないままの場合が多い。
普通であることの価値とか、匿名性の価値を云々するのはデザインが意識して個性的であろうとする過去のある時代の風潮へのアンチテーゼとして意味を持っていたに過ぎない。個性を持たないデザイン、責任逃れのデザインを追放してちゃんと自分から世界へのメッセージとしてデザインをしていきたいと思う。

好ましい匿名的デザインとは誰かがデザインしたとして、多くの人の目に触れ時間を経て普通に見えてきたときにこそ評価できる匿名性なのである。初めから匿名性を意図し、意識して生まれたデザインは偽物の無責任なデザイナーだと言うべきだろう。

デザイナーには三つの立場があると僕は主張している。1つは経済人としての立場で経済活動の一つだから分かりやすい。これは二つ目の立場、職能人の立場の対価というべきものである。市民や企業が抱える問題に解答を発見することで期待に応えるのが職能人の立場である。ここまでは誰でも理解するのだが実はもう一つの立場があることを忘れているデザイナーが多い。
1人の個人として社会に対して持つ立場がもう一つある。ここではデザイナーも芸術家と同じように人間として自己を掘り下げ社会にメッセージを送り、時に深い苦悩を告白することであったりする。この第三の姿勢があって始めて人間とは何かを問い、デザインとは何かを問うことになる。職能人としての立場での知恵はこの人間としての立場からのみ発見されるのである。

デザインが匿名記事とならない、ちゃんと署名入りのデザインであるとはこの人間としてのデザインであることである。
匿名のアートがないように、堂々と自分の思想を署名入りで発表して行きたいものである。
(2008、11、18)

※写真は僕のデザインでMETAPHという。2009年新商品としてミラー状とミストのテーブルが生まれた。2009年1月から発売。

以下のサイトでMETAPHを販売している。
http://www.k-shop.net/products/list.php?category_id=13