植物を考えよう

2009/03/16
 物学研究会で新しいパラダイムの5つのキーワードを考えるセッションがあった。坂井直樹さんと紺野登さん、そして僕の三人が5つずつのキーワードを出すのだが、僕はそこでこんなキーワードを提出した。「植物」、「美」、「物質」、「自発」と「多極」である。そのうち、「植物」のことを書いておこう。
 植物にはいろいろな顔がある。ずばり何を言いたいかなかなかはっきりしないのだが、思うところを書いてみたい。
 先ず、この世界には植物と動物と菌類がいる。菌類は他の生き物に寄生したりして生きているし、動物も動物や植物を食べて生きている。この2つは自分1人では生きていけない。「食べる」という、破壊的な生き方としている。この2つは動くことが出来るから、そのことが逆にハンター的な性質を持つことになるのだろう。餌がなくなれば餌のあるところへ移動すればいい。
 植物は、そこで生き、そこで世代を交代する。太陽から受けた光と炭酸ガスを光合成して酸素を供給する。地中から水分と栄養分を吸収しているから、あからさまに他の生物を食べたりしないし、動き回ったりしない。「そこでエネルギーを手に入れて、その場で生きている」のである。ここには輸送やストックという余分な手間を掛けない仕組みがある。現代社会のもっともやっかいなロスは、この輸送とストックだからである。
 動物は酸素を吸収して炭酸ガスを放出する。なのに、植物はその逆である。植物のおかげで動物は酸素を吸い続けることができるのに、大切にしないで地球を温暖化に追い込んでいる。
 植物を動物は食料にし、エネルギーにし、資材にして、消費している。植物を「生存のための環境」として見直す時期である。
 植物が密集する密林がどんどん伐採されている。そのために浄化されたいい水さえ失いかけている。植物は水の浄化のために大切な役割を果たしている。
 植物は地球上の食物連鎖の出発点である。草食動物が植物を食べ、肉食動物が草食動物を食べ、それを人間が食べている。
 植物を大切にしようという主張は単に食料の自給自足の問題だけでもないし、二酸化炭素(炭酸ガス)の酸素への転換や温暖化防止だけでもない。明言出来ないのだが、動物的文化、或いは文明に対して、植物的文化・文明がありそうな気がしている。近代が植物を対象化して加工してきたのに対して、生活環境として捉え直すもう一つの植物と人間との関係の形があるように思うし、植物の持つ生存の形が社会の構造を暗示しているようにも思えている。大地があり、そこに根を下ろして空中に枝を伸ばし、空気と太陽の光を手に入れ、大地の吸った雨を吸い上げて生息する生存のイメージが、人間社会にヴィジョンを見せていると考えてはどうだろう。なんとも曖昧なのだが「植物」というキーワードが頭を離れない。
(2009. 3.16)

<写真>
白神山地、名古屋工業大学教授・藤岡伸子さんの撮影。