DESIGN TODAY
世界の最新デザイン事情

ベルリンのクリエイターたち part Ⅲ by Yuna Yagi

2009/06/08
■ 西海 洋介/NISHIUMI YOSKE
 クリエイティブディレクター

ー アーティストの聖地・ベルリンにて ー

 地価が上がり続けるニューヨークでアーティスト達が窮屈そうに生活している頃、ベルリンのアートシーンが熱いという噂が流れ始めた。そして、沢山のアーティストがベルリンへとその拠点を移した。

▲ Berlinerzeitung (2004.3.23)

▲ Tagesspiegel (2005.4.26)

▲ Street Wear Today #19 (2007.1)

▲ Shoes Up Magazine #19 (2009.11)-1

▲ Shoes Up Magazine #19 (2009.11)-2

▲ Dazed and Confused #47 (2007.3)

▲ Bangbangberlin Magazine #2 (2008.5)
 そんな頃、西海 洋介 (にしうみ ようすけ)という一人の日本人男性が、ストリートカルチャーを、ベルリンを中心にしてヨーロッパ全体を盛り上げているという噂を小耳に挟んだ。実体は分からないが、何やら面白いことをしているという。
 私がニューヨークからベルリンに移り住んで間もない頃、新しく出会う人によく聞かれることがあった。「ヨースケには会ったかい?」何かの暗号のように、誰からでも発せられる西海洋介の名前を聞いて、増々どんな人物なのか興味が湧いた。

ー 西海洋介とは? ー

 西海洋介は、KOI KLUB の代表者。プロダクトとコミュニケーションを同時に扱う、クリエイティブディレクターである。KOI KLUBは、有名無名は関係なく、彼が面白く才能あると感じた人間とチームを組み、提案し、形にしてゆく。それは、音楽イベントであったり、フリーペーパーであったり、アートだったり、Tシャツだったり、と様々である。
 オニツカ・タイガーとのコラボレーションでは、鯉をモチーフとしたスニーカーをデザインし、広告やディスプレイ、商品開発、企画まで幅広く関わっている。
 西海を一言で言い表すならば、「陽気」という言葉がよく似合う。にこにこと笑っている印象が強いからだろうか。彼自身が体験した、誰もがびっくりするような、とんでもない話をあたかも平然と、笑みを浮かべてゆっくりとした口調で坦々と語るのが印象的だ。
 面白いのは、毎回新しい話題を持ち出し、最近見つけた日常にある何でもないことを彼独自の視点で語るところにある。西海の視点は、いつでも新鮮だ。外国へ初めて行く人がその国の文化や日常にカルチャーショックを受けるように、彼はどこへ行っても『異国人』であり、普段誰もが気がつかないものに着目し、特別なものへと変えてゆくアーティストなのである。それは、ほぼ毎日更新される西海のブログを見れば一目瞭然だ。彼のような視点を持てば、毎日がどんなにも楽しいものになるだろう!
(西海 洋介ブログ ▶ http://www.roots-magazine.com/nishiumi/

ー サラリーマン→自由人へ ー

 8年間勤めた会社でサラリーマン生活を過ごしていた西海にとっては、その当時、想像もつかなかった人生を今は歩んでいる。幼少の頃に悟ったという「人生、POPじゃなきゃ!」と語る西海洋介はサラリーマン生活全てを0に戻し、出かけた世界放浪をきっかけに、彼は生まれ変わった。むしろ、本来の「西海洋介」に戻ることだったのかもしれない。そうだとすると、それは彼にとっては、ごく自然のことだったのだろう。言ってしまえば、誰もが西海のような人生を歩むことが出来るのである。ちょっとした勇気と意識の違いだけで・・・。
 ごく普通に大学を卒業し、ごく普通に就職をし、ごく普通に8年間同じ会社でサラリーマンを経験した。そこまでは、他の誰とも何ら変わらない人生を彼は過ごしている。
 違うことと言えば、幼少の頃から、人よりも少しファッションが好きで、人よりも少しアメリカ文化が好きで、人よりも少しデザインものが好きだったということ。人はそれぞれ、その人の性格にあった人生を歩み、生活をするものだが、西海にサラリーマン生活は合わなかった。「自分が興味ないことをやっていて、まぁ〜、これが人生なんだろうと諦めて生きていた」その結果、ストレスで蕁麻疹が出たりした。毎日お酒を飲み、毎日酔っぱらって、人生について考えることもなく、何が自分にとっての「幸せのかたち」なのかが分からなくなった。
 ある夜、いつもと同じようにバーで飲んでいたときに、周りの人間が持つ夢が自分とは当てはまらないことに気がついた。一戸建ての家をローンで購入して、マンションを吉祥寺に持ち、高級車を乗り回して、週末には魚釣りに行く。そんなことに自分が興味がないということに気づき、遂に8年間勤めた会社を辞める決心をした。家族や恋人に相談すると、以外にもスっと受け入れてくれた。




▲ Koi Morph suits case (2008)

▲ Koi Grace

▲ Koi Bike (2003)

▲ Koi Boy (2004)

▲ Koi Lounge (2005)

▲ Koi Ride (2005)

▲ Koi Chiristmas
「人間、何か重大な決断をしたその瞬間から、全ての事がそれと同じように歯車が廻り始める。その瞬間から全ての事柄が彼を後押しして、今に至ったのだ」と話してくれた。
 その後、西海は勤めていた会社から退職金を受け取り、貯金をかき集め、旅の計画もせず、世界へと旅立つ。まずは、東南アジアに向かった。旅行中はサラリーマンだった頃には味わえない経験をし、見るもの、触るもの、聞くもの、人の暖かさ、全てに感動した。3ヶ月を過ぎた頃、旅にも段々飽き始め、経済的に不安を感じ始めていた。その頃、タイで同じように放浪の旅をしていたデザイナーと名乗る2人のベルリン在住のドイツ人に出逢い、ベルリンという面白い街があるという話を聞いた。
 西海洋介が、たどり着いた2000年当時のベルリンは、複雑な政治抑圧からの解放、自由、希望へと向かう、人々のエネルギーが集まり、ヨーロッパ中で急速な発展していく真っ最中。西海は、世界中どこを探してもないその街に、その社会現象の中へ飛び込み、そのエネルギーの渦の中に溶け込んでいった。
 ここでベルリンの街について補足説明をしておこう。当時のベルリンは、第二次世界大戦の戦場であったこともあり、どこもかしこも銃弾跡が街中の建造物に生々しく残っており、今では想像もつかない程、重苦しい雰囲気があった。戦後、冷戦時代には東西に『ベルリンの壁』を隔てて分裂し、自由を願った人々により、1990年に壁が崩壊し、西ドイツと東ドイツは統一した。2001年には、ドイツ連邦共和国の首都をベルリンに遷し、新しい都市構想、政治の中心へと発展を遂げなければならないという政治競争(闘争でなく、競争でよいのでしょうか?)の為、街中が再開発された。当時を知るベルリン出身の人でさえ、どこに壁があったのか、はっきりと思い出せない程、ベルリンは一変している。東ベルリンの方は再開発資金がないために、修復されるのが遅く、今でも当時の独特な雰囲気が残っている。

ー ベルリンのクリエイターたちとの出逢い
  〜KOI KLUBの始まり〜 ー

 ベルリンに辿り着くと、タイで出会った2人がオスト駅(旧東ベルリン)で迎えてくれたという。東ベルリンでは、スペースにお金の払えない若者やアーティストによる、市に許可をとらずに突然行われるイリーガルパーティーが、街中のどこででも行われていた。地下鉄だったり、工事現場だったり、バンカーだったり、パーティーは無数にあったが、違法なためにどこにも情報は存在しない。口コミだけで広がり、面白いパーティーには面白い人間が沢山集まっていた。
 そんなクレイジーなベルリンに西海は驚き、新しいことをしている人物にどんどん会って、話をした。デザイナー、ショップオーナーをはじめ、夜はバー、クラブでミュージシャン、DJなど夜を支配する人々のコミュニティーに入って行った。そこで、どこの街にもいる『中心人物』を探した。この街を動かしているのは誰なのか、これだけのネットワークを操るのは誰なのか・・・と。ところが、いくら探しても中心人物となる人物は見つからない。
 それもそのはず。ベルリンでは、みんなの助け合いによって、全てが成り立っているので、中心というものが存在しないのだ。あえて言うならば、小さな中心が、数多く存在する。そんな小さな中心には、もの凄く才能あふれる若者がいて、それぞれがユニークで面白い。そんな彼らによって街が動かされているのだ。それをようやく発見した西海は、そんな若い才能たちが一堂に会すれば、もの凄いことが出来るのではないだろうかと考えたのである。それが、その後の KOI KLUB へと発展を遂げることとなった。

ー KOI KLUBとは? ー

 ユニークなアイディアを持つ人達に、一つの面白いアウトプットとなる場所を提案すると、「ボクはこうする」「私はこれを作る」「僕は◯◯の役割をする」といった具合に、自発的にみんなが賛同してきたという。お金はないが、面白いことならやる、といった人達ばかり。




▲ Koi Tank (2004)

▲ Koi Walker (2005)

▲ Baseball Jacket Sumo Wrestler with the
2nd Collaboration Sneaker Collection with
ONITSUKA TIGER FABRE DC-S (2007)

▲ Left: Acrylic Big shoes (hanafuda version)
▲ Right: The 1st collaboration sneaker with
ONITSUKA TIGER FABRE BL-L
(Koi camo version 2006)

▲ Koi Morph with Rice (2008)

▲ Acrylic Big Shoes plus polisher
(gold fish version)

▲ Left: Acrylic Big Shoes (hanafuda version)
▲ Right: The 1st Collaboration Sneaker with
ONITSUKA TIGER FABRE BL-L
(real bamboo camo version, 2006)
 イラストレーターのジュリア・ベティヒァと、デザイナーのヌヌが立ち上げたデザイングループ、metrofarm(メトロファーム)とでは、Tシャツを共同で制作した。T−シャツのインスタレーションを東京Beamで行った。活動を続けているうちに、その輪は次第に広がり、音楽レーベルのカバー写真を撮る、カイ・フォン・ラベナウやデザイナーのジェシカ・ベントレ、VJデザイナーとして、jazzanovaと深い関わりのあるJUTOJOなどとフリーペーパーを作り、街中にばらまき、
配信。それはもの凄いエネルギーの固まりとなって、 KOI KLUBという名前で始めた月に一回のパーティーは、あっという間にヨーロッパ中で噂となった。イベントには世界中から、面白いアーティストたちを呼んだ。その中には、FAT JON、Daniel Wang、pole、jan jelinek、田中フミヤやAOKI takamasaといった名も!!

ー ONITSUKA TIGER Europeでの制作 ー

 日本では、アメリカで流行ったものが2年遅れて入ってくるとされていて、ヨーロッパでは4年後とされている。というのも、ヨーロッパでは、元々ストリートカルチャーへの認識がとても低かったからだ。西海洋介は、その中でもいち早くアメリカ文化をヨーロッパに取り入れている。西海の面白いところは、アメリカで育ったストリートカルチャーをアメリカからそのままヨーロッパに伝授し
たわけではなく、一度、日本人である西海が彼なりに吸収した後にヨーロッパに持ち込んだかのように見えるところだ。デザインや企画にかかわるバックグラウンドのない西海は、手本とするものがなく、全て手探りでやってのけた。その結果、西海洋介がヨーロッパで展開しているKOI KLUBは、独特な展開をし、発展していったのだ。それによって、アメリカでも日本でも見つけることの出来ない、唯一無二となった。

ー すべては遊びの延長 ー

 西海洋介は、自身のアイデンティティーを海外で確立している。普通の人ならば、少しでも土俵を固めてから進む道を、彼は0(ゼロ)からスタートしている。この活気あるベルリンで、面白いことをしたい、自由、希望を求めて集まった素晴らしい才能のある人々と彼は、一番ベルリンが盛上がっていた特別な時期に出会う事ができ、その一部になって活動した。ベルリンを拠点に活動して来た結果、街に根付き、人に根付き、現地の人間と直接的に信頼関係を築いている。完全な白人社会の中、アジア人が認められ、信頼され、白人達と対等に一線で活躍することは、そう簡単なことではない。けれど、彼にとって、この社会現象の中で活動することが自然なことだったのかもしれない。今、仕事としていること全ては、彼が楽しめる遊びや好きなものの延長なのだ。「ただ自分が面白いと感じることを、面白い仲間と一緒にやり続けて来ただけ」だと語る。

ー 人は好きなことをしている時に、その人
  の最大の能力を発揮することが出来る ー

 モノづくりは、遊びの延長。だから、精一杯遊んで、それを他人と共有し、他人も楽しめることがデザインなのではないだろうか。「ものづくりとはなんぞや?」「生きるとはなんぞや?」という答えは、実に単純明快なことのように、西海洋介との対話で感じることが出来た。

ー 西海洋介のこれから ー

 ドキドキ興奮して、何かに没頭して、時間が過ぎるのも忘れるくらいの何かを求め、国も文化も宗教も人種も超えた多種多様な人間と実に様々な企画を実現してきた、西海洋介。「お店なり貸しスペースなりに自分のスペースを持って、自分自身で足場を作ってきた人達を集めて、みんなで座談したい」とのこと。
 これからも西海洋介らしいPOPな人生を歩み続けて、我々に夢と希望を与え続けてくれることでしょう!!




▲ The 3rd Collaboration Sneaker with ONITSUKA TIGER SAIKO runner hemp (2008)





CREDIT:
All plastic models are Aade by zen yoshimoto(プラスチックモデル 吉本禅)
All photos : kai von rabenau except " The 3rd collaboration sneaker with
onitsuka tiger saiko runner hemp 2008" by TAXI kobayashi



八木夕菜/Yuna Yagi
建築家・アーティスト
ベルリン在住