感性という意味

2009/07/01
 感性。デザインの基本はここにある・・・と、経済産業省も多くの企業のデザイン部の人たちも考えている。本当にそうだろうか?いったい、感性とは何を意味しているのだろう?
 知性に対する単純に感性、人々のこの単純な発想が日本のデザインを誤らせている。
 それでは普通の人間の、普通の感情について考えてみよう。美しいことが、デザインの目指すものだと僕も言っている。人生の目標は、美の発見だとも言っている。生きるための目標は感動だし、美を見つけることだと言っている。
さてさて、美とは何だろう。感性という言葉を美の話と受け止め直してもいい。

 僕は、美とは「気持ちのいいこと」だとも言っている。「気持ちのいいこと」って、じっと考えてみると、決して、ただただ気持ちがいいだけでは終わらない。

 ちょっと待てよ・・・と、感性についても、美についても、気持ちのいいことについても、もっと深く考えなくてはならないことに気づかされる。

 千利休は、美とは恐ろしいものだと言っていたそうである。そう、美とはそう簡単なことではない。悲恋は美しいよね。破壊された町もある種の美しさを持っていることに、伊勢湾台風や新潟地震の後でも感じたことである。
少年時代の近所で起こった火事の不思議な感動。名古屋の空襲のときの燃え上がる名古屋の遠景や、ひらひらと落ちていく零戦の浮かぶ青空は、美しかったと想い出す。
 美とは残酷である。人の死や街の破壊も美の中に入っている。

 人の心も簡単ではない。人の不幸も歓びになり、自分の苦渋も悲惨さもある種の感動につながっている。美とは何だろう。

 文芸作品では、決して平和な快適な気分を美とは言っていない。美しさはもっと複雑であると言っている。

 デザインが本当にアートでもあるのなら、当然、その美には苦渋や寂しさや悲しさも入っている。
 
 いよいよ、デザインの時代が来た。そう、その時のデザインにおける感性や美は、文芸作品やアートがそうであるように、孤独や悲惨さを内包していることだろう。
 本当に感動を生むデザインは、まさにそうだと思う。残念なことに、普通の人たちは、普通のデザイナーたちはこの心境を理解しない。彼等には可愛い、単にきれいな・・・、平和なデザインを求めている。
 心ある人が感動するデザインは、この矛盾する恐ろしい深淵を見せる美が底に見えていると分かっている。

 知性とは違って、感性は身体感覚だと考えるといい。恐ろしさや美しさに、身体がぶるぶると震える・・・、あの全身感覚をいうのだと理解するといい。

 まだまだ、デザインの時代は遠い。

(2009.06.17)