行き交う人々

2009/09/08
 ウォーキングをすると色々な人と行き交う。若い人達は眼さえ合わさない。もっぱら孤独に歩いたり走ったりしている。お年寄りは時に「おはよう!」と声を掛けてくる。「おはよう!」と応える。犬を散歩する人たちは、歩いたり、走る人達とひと味違う。犬が主役で話し込んだりしている。
 謡いをうなる人をしばらく見ないな、と心配していたら、今日はいた。ほっとする・・・。病気じゃないか、と心配していた。ちょっと太めの表情の美しい女性と毎回行き交う内に、にこっと、笑顔を交わすことがある。それっきりだけど、こんな気配の交歓はいい感じだ。謡いをうなる高齢の男性は、初めの頃は紙を見てうなっていたのだが今は何も持たないでうなっている。

 街で、それぞれの人生を歩きながら、ちょっと気配を交わす・・・。そんな感じが平和だな、と思う。都会は孤独である。同じマンションでさえ、「おはよう」と挨拶をしない人が多いのだから、都会は本当に孤独だし、干渉されない自由がある。

 僕は「群体」といっている。小さな気配だけを交わしながら、お互いに気遣いしながら、でも干渉しすぎない群の状態である。社会はそんな状態が一番いい。誰が指示する訳でもないのに、秩序が保たれている。大きな意見のうねりは、それでも生まれる。民主党の大勝はそんなうねりだろう。小さな気遣いだけの人の群れが、大きな動きさえつくる・・・。なんだか嬉しい関係である。

▶写真は、上海の友人達。バロックパールの展覧会の準備中。カメラマンの夏さんが奮闘中。

(2009. 9. 4)